イベント報告「金川沿岸遺跡めぐり」

2016年11月02日

11月に入りより寒くなってきましたねぇ。
もうすぐ暦の上では立冬(今年は11月7日だそうです)。冬の気配を感じる日。
すでに感じざるをえない寒さですが、日向に出ると意外とまだまだあたたかいです。
みなさま体調を崩さないように日々気をつけていきましょう!

そんな今日は先日行われた「金川沿岸遺跡めぐり」のご報告です!

山梨県も古墳などさまざまな遺跡が数多く点在する県です。
金川の森の周辺や園内にもそんな遺跡が点在しております。
今回も笛吹ボランティアガイドの方々と一緒にそんな遺跡たちをめぐります。

当日はとってもよいお天気の中スタートをきることができました。

まずは園内の「経塚古墳」から。
ちょこっと盛り上がった小さな山は、昔々この地域をまとめていたとってもえらい人のお墓だったのでは?
といわれています。
国内でも珍しい「八角墳」。上から見ると名前のとおり八角形です。くるりと一周しても丸ではなくちゃんと角があるのがわかります。
古代中国の思想では天下八方の支配者にふさわしい形といわれていました。
中部地方ではここだけ!歴史好きの方はぜひ見に来てくださいね☆

お次はちょこっと公園の外へ出て、「護國山 國分寺」を見学。
お忙しい中でしたが、現住職である芦田宗興さんによる
案内や解説をしていただくことができ、参加者さんも大満足!!
お寺の移動の歴史、本堂内部のつくりや、装飾についてなどなど、
いろいろなお話が聞くことができました。
薬師堂では薬師如来を守る十二神将も見せていただきました。

 

その後は「甲斐国分寺跡地」へ。
境内跡上に現国分寺が再建されていましたが、笛吹市により史跡範囲が公有地となり、現国分寺は南西の史跡範囲外に移転しました。

甲斐国分寺跡:天平13年(741年)聖武天皇の詔により全国に国分寺と国分尼寺が建てられました。
創建当初は金堂、講堂、七重の塔(五重の塔との説も)などの壮大な伽藍(寺院の建物の総称)を誇りました。
しかし、寺勢の衰退や戦火の影響によって焼けてしまいました。その後再建されましたが、廃寺同然の状態だったところを、
これを惜しんだ武田信玄が寺領を寄進して小庵を建て、再興の手助けをしました。
薬師堂・本堂など現在残る主な伽藍が順次建立され、臨済宗の寺院として現在も残っています。

予想以上に白熱した解説により、
後の「四ツ塚古墳群」「聖牛」の解説は早足になってしまいましたが、
国分寺あたりでみなさんお腹一杯な感じ、、、笑

「四ツ塚古墳群」:どの古墳も7世紀頃に作られたもので、公園建設工事に伴って5基の古墳が発掘調査されました。
発掘調査では古墳時代の土器をはじめ小刀、勾玉、水晶の切子球など豊富な副葬品が見つかりました。
現在は山梨県立考古学博物館にて保管されています。

「聖牛」:武田信玄が考案したといわれている、伝統的水防工法のひとつです。
金川は昔「暴れ川」といわれ、ひとたび嵐や大雨が来ると、氾濫しさまざまなものを巻き込みながら流れたそうです。
山梨県の急流である釜無川、笛吹川に施工されその後、武田信玄の勢力圏拡大に伴って天竜川、大井川、安倍川、富士川に伝わりました。
その減勢効果、導流効果が大きく、各地に広まったそうです。
三角錐に木を組み合わせた形状で、その形が牛の角に似ていることから名付けられたと言われています。

最後は急ぎ足でしたが、参加者の皆さんから、

「とても楽しかった」「勉強になりました」というお言葉をいただけました。

ご参加ありがとうございました。

地域の歴史は意外と知らないもの、詳しい人と練り歩くと様々なことがわかりより地元に愛着が持てると思います。

お散歩中ただ通り過ぎてしまうものもよく観察したり調べてみると、意外とおもしろいです。

今の時代まで残った、大切な地域の遺跡たち、ぜひ見て歩いてください。

さてさて、秋冬もまだまだイベントやりますので、ぜひご参加ください!

(インタープリター/えいちゃん)

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